華城〜水大師〜大馬神社を歩く

華城から見下ろす木本の町並み

華城から見下ろす木本の町並み
               
日 時  2014年1月2日(木)
天気  晴れ
同行者  多数(14名)
行程  駐車地8:57−8:58文字岩−9:21華城9:30−10:15車道から山道へ−10:54掘り割り−11:07水大師(昼食)12:00−12:45大馬神社駐車場−12:54大馬神社−大馬神社駐車場13:15−14:45駐車地 (13km)


昨年から参加させてもらっている新春登山、昨年は巳年ということで大蛇峰へ登ったが、今年は午年ということで、華城から水大師を経由して大馬神社へ参るということである。

 木本町の切立の集合場所に行くとすでに女性数名が到着している。しばらく待っていると参加者が次々と到着。本日の参加者は15名であるとのこと。全員がそろったところで、M氏から挨拶。その後自己紹介をして出発する。

 まず、華城の麓にある文字岩の横を通って、華城山に登る。文字岩の横からセメントで舗装された急坂を登ると、やがて山道に入る。登りついたところが、山の反対から登ってきた車道である。そこから右に折れて尾根に沿って行く。途中地蔵さんがまつられている。参加者のY氏がいわれを説明してくれる。その先少し行ったところが華城である。華城は木本町の町を見下ろす華城山の頂上にそびえ立つ巨岩である。岩が茶色なのに対して正面の部分が白くなっているので、元々は鼻白であったものが転化したものかもしれない。巨岩の上からは木本の町並みから太平洋がきれいに見下ろすことができる。が、相当の高度感がある。柵も何もないので、足がすくむ。

文字岩
文字岩
 
文字岩の解説板
文字岩の解説板
※写真をクリックすると大きくなります
   
華城への尾根道を行く
華城への尾根道を行く
  
お地蔵さん
お地蔵さん
  
華城からの展望
華城からの展望
  
華城からの展望
華城からの展望
  
華城からの展望
華城からの展望
左奥の谷筋を水大師へ向かう道が通っている
  

 一息展望を楽しんだ後、水大師に向かって出発する。先ほどの車道まで戻り、先に進む。途中の道ばたには六地蔵や庚申などが見られる。車道は山深く続いているが、こんな所にと思うところにも家が建っている。その先で車道から分かれ山道に入る。すぐに谷を渡る。棚田状に石組みが残っており、杉が植林されている。荒れ果てた中にお茶の木が見られる。かつてはこのあたりまで耕作がなされていたのであろうか。屋敷跡であったと思われるような立派な石積みも残っていた。杉の落ち葉の敷き詰められた中をずんずんと登っていく。その途中にも石仏などがおかれている。かつては生活の道であったのだろう。落ち葉に埋もれた石畳の道を登り切ると堀り切りに出る。            
道ばたにまつられている六地蔵?
道ばたにまつられている六地蔵?
 
山の奥へと車道をたどる
山の奥へと車道をたどる
 
庚申
庚申
 
車道から分かれて山道に入る
車道から分かれて山道に入る
 
谷を渡って・・・
谷を渡って・・・
 
降り積もった杉の落ち葉を踏みしめながら
降り積もった杉の落ち葉を踏みしめながら・・・
 
登っていく
登っていく
 
道ばたには石仏が
道ばたには石仏が
 
道ばたには石仏が

 
石畳
落ち葉の下は立派な石畳になっている
 
堀り切り
堀り切りに登りつく
 

そこから少し行くと水大師である。お堂が新しく建て替えられているなど、かつて訪れたときと様子が変わっている。お堂の中に入った人たちが般若心経を唱えている。お昼には少し早いが、お堂横の広場の日だまりに場所を陣取って昼食とする。

あと少しで水大師
あと少しで水大師
 
水大師
水大師
 
水大師の解説板
水大師の解説板
※写真をクリックすると大きくなります
  
お堂の中
お堂の中
 
龍の絵の描かれた額がおかれていた
龍の絵の描かれた額がおかれていた
 
広場の横に立つ弘法大師像
広場の横に立つ弘法大師像
 
日だまりで昼食
日だまりで昼食
 

 昼食後、記念撮影をして大馬神社に向かう。ここからは車道歩きである。大馬の集落近くになると、2011年の台風12号による水害の爪痕がいまだ残っている。大馬神社近くは水害の影響で、かつてと様子が全く違ってしまっている。神社の入り口付近も被害が大きく、いまだ修復の途中である。仮橋を渡って参道に入る。参道入り口の大きな杉の木はぎりぎり被害を免れたようだ。
 大馬神社について、解説板によると“創始は明らかでないが、平安時代から祀られている神社で、市内でもっとも古い文明10年(1473)の棟札がある。/桓武天皇(737-806)の頃、坂上田村麻呂(751-811)がこの地方を荒らす賊を討ち、賊の頭の首を地中に埋め、その上に社殿を造ったのが始まりといわれる。その後、知興和尚という人がこの話を伝え聞いて参詣しようとしたところ、田村麻呂の霊が現れ、和尚を案内した。霊は大きな馬に乗っていたことから大馬神社と呼ばれるようになったという。”とある。

神社駐車場に立つ石碑
神社駐車場に立つ石碑
 
水害の爪痕の残る神社入り口付近
水害の爪痕の残る神社入り口付近
 
参道入り口に立つ杉の巨木
参道入り口に立つ杉の巨木
 
参道
参道
 
参道の途中にある清滝
参道の途中にある清滝
 
大馬神社
大馬神社
 

神社を参拝した後、駐車場のところで、回送しておいた車で帰るものと歩いて帰るものとに分かれる。我々徒歩組は水大師へ行く道との三叉路のところで新しく作られたコンクリートの橋を渡り、昔の生活道であったのか、井戸川の左岸を行く道に入る。あまり手入れはされていないようであったが、支障なく歩ける。切立から水大師までの道とこの道を使えば、周回するいいハイキングコースになりそうだ。途中で県道に出、切立の駐車地に着いたのは14時45分であった。

井戸川左岸を行く道
井戸川左岸を行く道
 
石積の段々畑
石積の段々畑
 
朝登った華城 岩上に2人の人影が見える
朝登った華城 岩上に2人の人影が見える
 


このページのトップへもどる

熊野のことなどのページへもどる

ホームページ トップへもどる

inserted by FC2 system